<其の1〜後楽園ホールのリングにて>
10月8日(金)後楽園ホール。
この日、全日本キックボクシング連盟で約1年ぶりに、WKA世界女子ムエタイ・バンタム&フライ級チャンピオン・熊谷直子の試合が組まれた。
熊谷直子。彼女の事は説明するまでもないだろう。世界最強の「キックの女王」であり、その圧倒的な強さゆえ対戦を申し込んでも、相手側は「潰される!」とばかりにことごとくキャンセル。最近では試合をする相手がいない状況に常に悩まされ続けている選手でもある。
その女子キック界の最高峰選手・熊谷直子の久しぶりの試合を受けて立ったのは、
高橋洋子。
全日本女子プロレスの元レスラーにして、現在Jd'吉本女子プロレスのレフェリー。
そしてあらゆる種類の格闘技戦に出ていく「女子格闘家」でもある。
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素の高橋洋子at Jd'
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この対戦は、「?」の多い試合だった。なぜなら、高橋はキック戦歴がごくわずか。普通なら熊谷との対戦などありえない。そのうえ体重差がありすぎるという大きな溝があったからである。
はっきり言って「無謀」だ。
しかし、その溝を飛び越えてでも両者が試合を敢行した裏には、女子格闘技の事情、すなわち「試合数が少なく、なかなか試合を組んでもらえない」という大きな理由があった。熊谷側はとにかく試合がしたい。それは高橋側も同じだ。じゃあ無理を承知でもやろうじゃないか、そうしなければ前へ進まない、と。そういう選択がなされたのである。
高橋「いやあ、熊谷さんと試合ができると思っただけで、もう嬉しくて嬉しくて」
通常なら負けを恐れて試合を受けないところだが、高橋は不動館側からこのカードを提示されたとき、二つ返事で受けたという。
熊谷の強さを知らなかったわけではない。何しろ高橋は不動館で練習していたのだから。
この日の試合の体重契約は64kg。高橋が70kgの体重を絞って臨んでも、熊谷には8キロも重い契約である。さらに本来は3分5ラウンドのところを2分5ラウンドにするなど、2人のレベルの違いを如実に表す異例のルールとなった。
体重差があるためにグローブ・ハンデがつけられたものの、それでも高橋は熊谷にかなわないだろうという見方が圧倒的だった。
この日集まった観客は、「熊谷のKOシーン」を見に来ていたのだ。
そして試合開始のゴングが鳴った。
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全日本キックのリングに立った高橋洋子は、チャンピオン熊谷直子の強烈なミドル、続いて繰り出される強烈なパンチを浴びて、今にもぶったおれそうに見えた。
試合開始から、何発もらったかわからない。既に高橋の瞼は腫れ上がり、腿には赤い跡が浮き上がる。
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打たれっぱなしだったが、このミドルが、熊谷のラッシュ爆発を防いだ。 |
熊谷は女子屈指のハードヒッターであり、KO率は50%以上を誇る。その熊谷の連打を浴びながら、高橋はかろうじて立っていた。
4ラウンド、ついに高橋はダウン。これで終わりか、と思われた。実際、レフェリーが試合を終わらせても周囲は納得しただろう。
「うわああああーっ!!」
突然、高橋は奇声を上げる。自分に喝を入れるかのように、大声を発し、上体を起こす。
観客はあっけにとられてそのさまを見守る。
試合は再開され、再び熊谷のパンチ、蹴りが高橋を襲う。勢いに押されて下がる高橋。
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叫ぶタカハシ。
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「下がるな!」
高橋側のセコンドから大声で指示が飛ぶ。
足もとは乱れている。しかし熊谷のストレートに合わせてミドル。一瞬、熊谷の勢いが止まる。しかしまた一瞬後には、強烈なローが高橋の腿に叩き込まれる。
5ラウンド終了のゴング。
高橋は顔も身体も赤痣だらけ。目元は腫れ上がっている。
それでも高橋はリングに立っていた。
そして嬉しそうに、笑っていた。
→其の2へ続く
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